宗派

浄土宗と浄土真宗の違い|見分け方は髪と葬式と戒名と

浄土宗と浄土真宗の違い

 

日本の仏教13宗の中でも、よく似た名前の『浄土宗』と『浄土真宗』

この『2つの宗派の違い』って何か知っていますか?

 

仏教の宗派まとめ【18宗と13宗の違い】とは

 

私の家系も浄土宗か浄土真宗のどちらからしいのですが・・・

『自分の家系がどちらに属しているのか』すら、私は知りません(汗)

 

そこで今回は、
浄土宗と浄土真宗の違い|見分け方は髪と葬式と戒名と
をお送りします。

 

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浄土宗と浄土真宗の関係

浄土宗の開祖は『法然(ほうねん)』、浄土真宗の開祖は法然の弟子である『親鸞(しんらん)』とされています。

つまり『浄土宗から分派した宗派が浄土真宗』です。

 

「じゃあ、法然と親鸞は仲が悪かったんだ。親鸞が独立したのね!」

と、そういうわけではありません。

 

親鸞は師の法然を心から尊敬しており、法然の下に付けたことを『生涯の喜び』と考えていました。

 

浄土真宗の成り立ちについても、親鸞が新宗派を立ち上げようとしたわけではありません。

親鸞の没後、親鸞の弟子たちが、親鸞の教えを後世に伝えていく過程で、新宗派として力をつけていったと言われています。

※親鸞自身は『自分に弟子はいない。(自分が教義を教える人たち)皆、共に教義を学ぶ友だ』と考えていたようです。

 

浄土真宗 宗派 違い
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  浄土宗と浄土真宗について以前、記事を書きました。 その時思ったこと ...

 

浄土宗と浄土真宗の思想

浄土宗と浄土真宗の両者の基本的な思想は同じです。

 

それまでの仏教の教えでは、極楽浄土へ行くためには様々な修行が必要という考えが一般的でした。

しかし法然は「(法然自身を含めた)一般人は、定められた修行するの、無理じゃね?」と考えました。

決して『法然には忍耐力がなかった』というわけではなく、自身を凡夫(一般人)と考えていた法然は、一般人の立場として考えたのです。

 

『女は子育てで忙しいし、男も食っていくためには仕事しなきゃいけないし、そもそも皆、修行に明け暮れてたら、日本経済回んねぇなー』といったようなことを考えていたのだと思います。

 

法然自身もそうですが、歴史上、多くの人が仏教の教義を学び(教学)、教義に対して新しい解釈を加えてきました。

そうして様々な経典が生まれてきました。

 

浄土系仏教の経典の1つである『仏説観無量寿経』に対して新たな解釈を与えた『観無量寿経疏』に、法然は注目し、浄土宗の根幹ともなる思想を学んだのです。

 

その根幹となる思想は『専修念仏』です。

いわゆる『念仏を唱えることを第1にする』ということです。

 

それまでの仏教では様々な修行が必要でしたが、浄土宗の思想では、念仏することが重要であるとしています。

念仏し【阿弥陀仏(あみだぶつ)】の名を唱えることで、『阿弥陀仏の力(他力)によって、苦しい修行を行なっていない一般人も極楽浄土へ行ける(本願)』というのが、浄土宗の思想です。

 

他力本願の意味を勘違いしていませんか?

上記のようなことを仏教では【他力本願】と言ったりします。

「ああ、自分は何もせず、人任せで目的を達成するあれね!」

と、現在では捉えられていますが、正確にはこれは【誤用】です。

 

今では、その意味で使われることが多く、もう定着してしまっていますが、浄土宗、浄土真宗の人々はそれを良く思っていません。

過去にも政治家や団体が、他力本願という言葉を誤用した場合に、浄土宗系の団体から抗議が入ったりしています(汗)

偉い立場の人は気を付けてください。

 

誤用の場合、どうしても『いい加減な印象』がしてしまいますが、浄土宗系の人々が考える他力本願の意味は決していい加減なものではありません。

 

私の解釈では、本来の他力本願の意味とは・・・

『極楽往生は阿弥陀仏の力によって達成されるものであり、人間の力では達成することはできないもので、人に出来るのは、阿弥陀仏を信じ、そして阿弥陀仏に感謝すること。そのために、念仏を唱える』

という意味だと思います。

 

また『他力=阿弥陀仏の力』であり、どこの馬の骨かも分からない『誰かの力』ではありません。

 

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浄土宗と浄土真宗の違い

さて気になる両者の違いですが、次のような点が違うと言えます。

 

阿弥陀仏に対する信仰の方法

  • 浄土宗:念仏を唱えることで、感謝を伝え結果的に信仰が深まる
  • 浄土真宗:阿弥陀仏の加護(他力)を信じることで信仰が深まる。念仏は阿弥陀仏への感謝の気持ち

浄土真宗では、念仏は感謝の気持ちであり、念仏を唱えようと思った (阿弥陀仏の加護を信じた)瞬間に、信仰が深まり、阿弥陀仏の加護が与えられると考えています。

つまり念仏は必ずしも必要ではないということです。

※当然、感謝の気持ちを伝えるうえでは念仏は重要ですが、身体的な理由で念仏を唱えられない人にも加護は発生するということです。

 

ちなみに【南無阿弥陀仏】とは『阿弥陀仏を信じる』という意味です。

 

戒律

  • 浄土宗:(少なくとも明治以前まで)表立った肉食妻帯は許されない
  • 浄土真宗:(少なくとも明治以前まで)肉食や妻帯を許された唯一の仏教

 

よく、お坊さんになることを『出家する』と表現されますよね。

浄土真宗の場合、お坊さんは出家することは無く、あくまで一般人と同じ『在家』に相当します。

ですから、頭を丸めることも少なく、『髪が生えているお坊さん=浄土真宗』であることが多いのです。

※稀に他の宗派でも生えてる人も。

 

ちなみにキリスト教におけるプロテスタントも、戒律が少ないという意味合いで、浄土真宗に通ずる所が多いです。

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その他

お経の内容や御本尊の形などが異なります。

などなど違いはいくつかありますが、一般の人からしたら違いは、なかなか分かりませんね(汗)

 

あ、簡単に分かるお経の違いですが、浄土真宗の場合は、なんか歌っているように抑揚や音階がありますね。

 

葬儀について

一般人には違いが分からないとは言ったものの、葬儀については浄土宗と浄土真宗では少し異なる点があります。

この辺りは注意すると一般の人でも違いが分かるかと思います。

『念仏を唱えることが阿弥陀仏に対する信仰』と考える浄土宗の場合は、お葬式の際に参列者も一緒に『南無阿弥陀仏』と唱えます。

そうすることで、故人が極楽往生できると考えています。

 

『授戒』も行われるため、故人は『戒名』を授かります。

一方、浄土真宗は門徒であれば、死んだらすぐ『極楽往生』であると考えています。

これを『往生即身仏(おうじょうぞくじょうぶつ)』と言います。

 

お葬式は故人の供養ではなく、阿弥陀仏への礼拝という意味合いが強くなります。

授戒がないため、戒名ではなく『法名』を授かります。

※即身成仏と往生即成仏が混同されがちですが、正しくは往生即成仏。

 

戒名/法名の特徴として、浄土宗は『譽』という文字が入ります。

対して、浄土真宗では『釋』という文字が入り、3文字での構成であるという特徴があります。

今度、実家の仏壇を見に行ってみよう(笑)

 

また納骨、年忌法要、お盆・お彼岸、お施餓鬼法要のときにお寺に用意して貰う【卒塔婆】ですが、『浄土真宗では卒塔婆を立てない』という特徴があります。

卒塔婆とは故人の極楽往生を願ってのものですが、往生即身仏の浄土真宗では、卒塔婆を用いないことが一般的です。

※寺院によっては浄土真宗でも卒塔婆を立てるケースもあり。

 

ただこれらの違いも、予備知識があるか、もしくはある程度、葬式慣れした人でなければ、気づかないのではないかと思います。

まぁ葬式慣れなんかはしたくありませんが(苦笑)

 

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まとめ

浄土宗と浄土真宗の違いは多少ありますが、どちらも『阿弥陀仏を信仰することで極楽往生できるという思想』は共通しています。

浄土宗開祖の法然は自分を『凡夫』と考え、浄土真宗開祖の親鸞も『自分も師ではない』と考えていました。

両者の自身を特別な存在と考えない思想は、浄土宗の『仏という絶対的な存在の力(他力)によって救われる』という思想と通じるものを感じます。

 

ちなみに色々調べてみましたが、結局、私が浄土宗なのか浄土真宗なのかは分かりませんでした(苦笑)

とは言え、浄土宗もしくは浄土真宗であることは間違いないので、阿弥陀仏への感謝と信仰の意を込めて・・・

 

『南無阿弥陀仏』

 

(文書でも念仏の意味あるのかな?)

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