日本の仏教13宗の中でも、よく似た名前の「浄土宗」と「浄土真宗」。
この「2つの宗派の違い」って何か知っていますか?
「同じではないの?」と思われがちですが、2つの宗教にはちゃんとした違いがあります。
浄土宗と浄土真宗の関係や3つの見分け方を紹介します。
わかりやすい見分けは髪と葬式と戒名・法名
浄土宗と浄土真宗。
ここだけ見ておけば、どちらの宗派かわかるというポイントをまとめました
宗派の細かい違いはあるのですが、髪と葬式と戒名・法名を見ると簡単に違いがわかります。
宗派 | ポイント | 特徴 |
---|---|---|
浄土宗 | 髪 | お坊さんの頭は丸めている |
葬式 | 参列者も一緒に「南無阿弥陀仏」を唱える | |
戒名・法名 | 戒名・入る文字は「譽」 | |
浄土真宗 | 髪 | お坊さんの髪は生えている |
葬式 | 参列者は一緒に「南無阿弥陀仏」を唱えない | |
戒名・法名 | 法名・入る文字は「釋」 |
浄土宗と浄土真宗の関係
浄土宗の開祖は「法然(ほうねん)」、浄土真宗の開祖は法然の弟子である「親鸞(しんらん)」です。
つまり「浄土宗から分派した宗派が浄土真宗」です。
法然と親鸞は仲が悪かったから親鸞が独立したと考えがちですがそういうわけではありません。
親鸞は師の法然を心から尊敬しており、法然の下に付けたことを「生涯の喜び」と考えていました。
浄土真宗の成り立ちについても、親鸞が新宗派を立ち上げようとしたわけではありません。
親鸞の没後、親鸞の弟子たちが、親鸞の教えを後世に伝えていく過程で、新宗派として力をつけていったと言われています。
※親鸞自身は「自分に弟子はいない。(自分が教義を教える人たち)皆、共に教義を学ぶ友だ」と考えていたようです。
浄土宗と浄土真宗の思想
浄土宗と浄土真宗の両者の基本的な思想は同じです。
それまでの仏教の教えでは、極楽浄土へ行くためには、様々な修行が必要という考えが一般的でした。
しかし法然は「(法然自身を含めた)一般人は、定められた修行するの、無理!」と考えました。
決して「法然には忍耐力がなかった」というわけではなく、自身を凡夫(一般人)と考えていた法然は、一般人の立場として考えたのです。
法然自身もそうですが、歴史上、多くの人が仏教の教義を学び(教学)、教義に対して新しい解釈を加えてきました。
そうして様々な経典が生まれてきました。
浄土系仏教の経典の1つである「仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)」に対して、新たな解釈を与えた「観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ)」に、法然は注目しました。
浄土宗の根幹ともなる思想を学んだのです。
その根幹となる思想は「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」です。
いわゆる「念仏を唱えることを第1にする」ということです。
それまでの仏教では様々な修行が必要でしたが、浄土宗の思想では、念仏することが重要であるとしています。
念仏し、阿弥陀仏(あみだぶつ)の名を唱えることで「阿弥陀仏の力(他力)によって、苦しい修行を行なっていない一般人も極楽浄土へ行ける(本願)」というのが、浄土宗の思想です。
他力本願の意味
上記を仏教では「他力本願」といいます。
「自分の力ではなく、人任せで望みをかなえようとすること」と、現在では捉えられていますが、これは誤用です。
どうしても「いい加減な印象」がしてしまいますが、浄土宗系の人々が考える他力本願の意味は決していい加減なものではありません。
浄土宗と浄土真宗の3つの違い
さて気になる両者の違いですが、以下の3つが違うと言えます。
両派の違い
- 阿弥陀仏に対する信仰の方法
- 戒律
- 葬儀
詳しく見ていきます。
1.阿弥陀仏に対する信仰の方法
- 浄土宗:念仏を唱えることで、感謝を伝え結果的に信仰が深まる
- 浄土真宗:阿弥陀仏の加護(他力)を信じることで信仰が深まる。念仏は阿弥陀仏への感謝の気持ち
浄土宗は念仏を唱えるのですが、浄土真宗では念仏は必ずしも必要ではないということです。
浄土真宗では、念仏は感謝の気持ちであり、念仏を唱えようと思った (阿弥陀仏の加護を信じた)瞬間に、信仰が深まり、阿弥陀仏の加護が与えられると考えています。
※当然、感謝の気持ちを伝えるうえでは念仏は重要ですが、身体的な理由で念仏を唱えられない人にも加護は発生するということです。
ちなみに「南無阿弥陀仏」とは「阿弥陀仏を信じる」という意味です。
2.戒律
- 浄土宗:表立った肉食妻帯は許されない
- 浄土真宗:肉食や妻帯を許された唯一の仏教
※明治以前までの話です。
現在は両派とも、この限りではありません。
お坊さんになることを「出家する」と表現されますよね。
浄土真宗の場合、お坊さんは出家することは無く、あくまで一般人と同じ「在家」に相当します。
ですから、頭を丸めることも少なく「髪が生えているお坊さん=浄土真宗」であることが多いのです。
※稀に他の宗派でも生えてる人も。
ちなみにキリスト教におけるプロテスタントも、戒律が少ないという意味合いで、浄土真宗に通ずる所が多いです。
3.葬儀
- 浄土宗:念仏を唱えることが阿弥陀仏に対する信仰であり、戒名に入る文字は「譽」、法要時卒塔婆を立てる
- 浄土真宗:念仏を唱えることが阿弥陀仏に対して称えるお礼の言葉であり、法名に入る文字は「釋」、法要時卒塔婆は立てない
一般人には違いが分からないとは言ったものの、葬儀については浄土宗と浄土真宗では少し異なる点があります。
南無阿弥陀仏や般若心経の扱い
浄土宗の場合「念仏を唱えることが阿弥陀仏に対する信仰」と考えるので、お葬式の際に参列者も一緒に「南無阿弥陀仏」と唱えます。
そうすることで、故人が極楽往生できると考えています。
葬式以外ですが、般若心経を唱えるのも特徴です。
一方、浄土真宗は門徒であれば、死んだらすぐ「極楽往生」であると考えています。
これを「往生即身仏(おうじょうぞくじょうぶつ)」と言います。
お葬式は故人の供養ではなく、阿弥陀仏への礼拝という意味合いが強くなります。
また、浄土真宗では、般若心経を読みません。
戒名と法名の違い
浄土宗の場合は、授戒(じゅかい)が行われるため、故人は「戒名(かいみょう)」を授かります。
戒名には「譽(よ)」という文字が入ります。
一方浄土真宗の場合は、授戒がないため、戒名ではなく「法名(ほうみょう)」を授かります。
「釋(しゃく)」という文字が入り、3文字での構成であるという特徴があります。
卒塔婆の有無
納骨、年忌法要、お盆・お彼岸、お施餓鬼法要のときにお寺に用意して貰う「卒塔婆(そとば)」。
「浄土真宗では卒塔婆を立てない」という特徴があります。
卒塔婆とは故人の極楽往生を願ってのものですが、往生即身仏の浄土真宗では卒塔婆を用いないことが一般的です。
※寺院によっては浄土真宗でも卒塔婆を立てるケースもあります。
わかりやすい見分けは髪と葬式と戒名・法名
浄土宗と浄土真宗。
上記にまとめた見分け方ですが、ここだけ見ておけばどちらの宗派かわかるというポイントをまとめました
宗派の細かい違いはあるのですが、髪と葬式と戒名・法名を見ると簡単に違いがわかります。
まとめ
浄土宗と浄土真宗の違いは多少ありますが、どちらも「阿弥陀仏を信仰することで極楽往生できるという思想」は共通しています。
浄土宗開祖の法然は自分を「凡夫」と考え、浄土真宗開祖の親鸞も「自分も師ではない」と考えていました。
両者の自身を特別な存在と考えない思想は、浄土宗の「仏という絶対的な存在の力(他力)によって救われる」という思想と通じるものを感じます。